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2017年11月

2017年11月30日 (木)

入院日記 ~リハビリ④~ 平行板

三日間の自主トレーニングをどうしようか考えました。
一日のほとんどはベッドで横になっているので
他の患者さんの迷惑を考えるとベッドの上で出来る訳がありません。
車椅子で移動できるようになったけど移動できるのはフロア内だけで
エレベーターに乗ったりして別のフロアに移動する事はできません。
仮に何らかの原因で車椅子から落ちたりしたら再び車椅子に乗る事が出来ないからです。
まあ、車椅子に乗りながらの自主練習はどう考えてもできません(;ω;)
そこでふと考えた事、それはトイレです。
何かにつかまっていなければ立っている事が出来ないので
この時期トイレは基本的には小用ではなく、大用を使って用をしていました。
そこで大用トイレには便器の横に唯一縦の手すりがあります。
この縦の手すりにつかまって立ちあがって足踏みをしたり、
スクワットのまねごとをすることです。
どうしても眠りが浅くて夜中に1,2回目が覚めてトイレに行きたくなります。
用を全部終わってナースコールを押して看護師が来るまでの間に
このスクワット運動をよくやりました。
昼間もちょくちょくトイレに入ってこれだけをやっていました。
他の患者の皆さま、トイレを占拠してスミマセンでした。
これが本当に効果がありました。
縦の手すりはトイレしかありませんからね。

そしていよいよリハビリ三日目。
この日はかなり大きめの座卓のようなベッドに寝転んでストレッチから。
しばらくの間ほとんど動かなかった筋肉をほぐし、動かす事が目的です。
ただでさえ体が硬いSugichanは少しやっただけで痛い、痛いを連発。
そして先日やった平行棒の歩行訓練。
これは自主トレのおかげで(?)軽々とクリアしました。
今度は場所を変えて平行板の訓練。
今までの平行棒は持ちやすくするために二本の丸棒でしたが
今度は15cmくらいの幅で出来た板が二本、平行になっていました。
平行棒ならぬ平行板とでも呼びましょうか?
なぜ板になっているかと言うと棒だと握りやすくて
それに頼った歩き方であれば歩く事が出来ますが、
板状になるとつかむ事が出来ないのでより自立した歩き方になるからです。
いざ出陣!
これのミッションはいきなり無難にこなしてしまいました。
平行棒と平行板を難なくクリアしてしまったので時間が余ってしまいました。
ここまで無難にクリアしてしまったので時間が余ってしまいました。
そこでベッドに座って両足首に3kgのウェートをつけて
膝から下を上下させる運動をやりました。
足を右足、左足を交互に各10回を1セットで3回、計60回をやりました。
これも何なくクリア。
次に今度は背筋をピンと伸ばしたまま膝を上げる運動。
膝上の筋肉を意識してやるように言われました。
これが一番つらかったですね。
翌日筋肉痛になってしまいました。
リハビリは極めて順調に進んでいます。

ベッドから離れる事が多くなってきたので
この頃からようやく床ずれのあの切ない痛さはようやくおさまりました。
そしてこの日から車椅子は卒業して
今度は歩行器での移動ができるようになりました。
車椅子に初めて乗れるようになった時も
歩行器で初めて移動できるようになった時も必ずやった事があります。
それは許可が下りた最初の夜にトイレに起きた時は必ず
ナースコールで看護師を呼んで看護師の立会いの下トイレに移動することです。
もし寝ぼけてベッドから落ちたり、乗り損ねて
転んだりしないかどうか確認するためです。
一回できたら次からは一人で行くことを許可されます。

12月のカレンダー

「A3calender.2017.12.pdf」をダウンロード

2017年11月27日 (月)

入院日記 ~リハビリ③~ 平行棒

リハビリ室に入って壁際に待機するスペースがあって
そこで順番待ちをします。
ちょっとしたフィットネスジムみたいな感じでした。
決定的に違うのは年齢層がボクよりかなり上の人が多い事です。
しかも女性がほとんどですね。

しばらく待っていよいよ本格的なリハビリの開始です。
いわゆる体操の平行棒の前に車いすごと正面につけました。
自由に高さを変えられる仕組みで理学療法士が
脇の高さに調整してくれました。
つかまる所がありますから比較的楽につかまり立ちをする事ができました。
まずはその場足踏みからスタートです。
もちろんこのミッションは楽々クリアーです。


「歩いてください。」



という理学療法士からの一言。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



歩こうとはしているのですが足が全く出ません。
しばらく経って腰を少しひねってようやく右足が一歩出ました。
まるで空中浮遊みたいな感じでした。
足が全く地面に着いている感覚は全くなく、
まるで宇宙空間に足を出した感じでした。
お世辞にも歩いているって言えなう状態でした。
こんな状況ですから次の左足が出るわけがありません。
結局、歩くと言うよりは体操選手のごとく、
腕の力で体を支え、腕の力で足を一歩一歩出す感じで片道を終わりました。
今度は向きを変えて元の位置に戻ります。
片方の棒に両手を移し、次に左手をもう一方の棒に握り替えて
体の向きを変えて復路を歩きます。
この時はそれでも足に力が多少入るようになって元の位置に戻りました。
再び向きを変えて2往復目に向かいました。
徐々に歩くコツを思い出して足に力を入れて歩く事が出来るようになりました。
隣でストレッチをしていたボクと年齢が近そうな別の理学療法士
旧車の話になってバブル時代の車の話で盛り上がりました。
その話に夢中になって話しながら歩いていたので
なにも苦にならずに普通に近く歩く事が出来るようになりました。
この日から車椅子で移動できる事が出来るようになりました。
でも、夜のトイレはナースコールで看護師を呼ばなければいけません。
ベッドと車椅子の移動中、車椅子から便座に座る時に
寝ボケたりして落ちたりする事を防ぐためです。

この日は木曜日。
金曜日は祝日なので金、土、日の三日間リハビリはお休みとなりました。
三日間の自主トレーニングでどのくらい回復するか
自分なりのトレーニングの開始です。

2017年11月24日 (金)

入院日記 ~リハビリ②~ 車椅子

リハビリの次の段階は車椅子に乗ることと歩行訓練。
まだまだ自由に体は動かないのでゆっくりと
そして少しずつベッドから車いすに乗りこみます。
ただ、この時第三者が手を出すと痛い事が多いので
ここは遅いながらも自分の力、自分のタイミングで動いたほうが
痛くならないし、うまくできます。

立ち上がる事はつかまるところさえあれば
何とか腕の力だけで一人でも立ち上がることはできますが、
座る事はまだまだうまくできません。
と言うのも座る事は足を曲げて
お尻を着くところを見定めなければなりません。
今までこんな事を無意識にしていたんですね。
つまり座る前に後ろを向いてお尻を着くところを振り向き、
確認してでなければ座わる事ができません。
しかしガチガチにコルセットで体を固定しているので
体の自由がきかず十分に振り向く事ができません。
看護師や理学療法士に


このままま座っていいの?


と、念を押して聞いてから座る始末です。

一番困ったのがトイレ。
洋式なんですが、手すりが壁についているので
座る方向が便器に対してまっすぐではなく、
斜めか真横に座ってしまうのです。
で、方向を直そうとしても体が動かない。
最初、しばらくはまっすぐ座るまで看護師に手伝ってもらいました。
こんな状態ですから出るものもうまく出なくなってしまいます。
人間ってここまで体が動かなくなってしまうんですね。
なんか介護老人になった気持ちだし、
その人の自分の体が自分の思うように動かないイライラ感を
肌身で感じる事ができました。
近い将来、こうなってしまうのかな?

ようやくの思いで車椅子に乗って1階のリハビリ室に向かいました。

2017年11月21日 (火)

入院日記 ~リハビリ①~ 動かない体

地獄のような三日間が終わってようやくリハビリ開始。
理学療法士が立ち会いの元始めます。
今日の目標はベッドに座ってから立ち上がって
その場で足踏みをするところまで。
ベッドから起き上がることを離床と言います。
なあにカンタンな事じゃんと思ったのは大きな間違いでした。
寝ている状態から起き上がろうとしても体は全く動かない。
脳は動くように体に指令を出しているんだけどピクリとも動かない。
考えてみれば三日間ずっと寝ていてほぼ真っすぐな状態だった体ですから
いきなりホイホイと自由に動くわけがありません。
仕方がないのでベッドを電動で起こして起きることにしました。
ベッドの体半分を起こすようにスイッチを押しました。

さあsign01起きてください。


でもベッドを50°か60°まで起しても全く体は動かない。


もっとベッドの角度をあげてください。


そうすると楽に起き上がれますよ。



ウィ~~ンsign04
sign04


いたたたたぁ~~~~
bearing



90°近くベッドを起こしたら体が痛くなったので止めました。



できるだけべッドをあげてください。



ようやく頭だけはベッドから離れました。
基本的に体が硬いSugichgan、ようやくできるだけベッドをあげました。
そうすると頭の中身がすぅ~~~ッと下がる感じがしました。
でもまだ体はベッドに預けたままです。
ここからベッドを離れて一人でベッドに座って、
そして立ち上がらなくてはいけません。
ベッドからなかなか体が離れない、力が入らない。
重い鉄板を背中にしょっていてベッドに磁石がついていて
その強力な力で体がくっついているような感じでした。
理学療法士に手伝ってもらってようやく一人で座る事ができました。
まだ深く座っているので前に出てベッドに浅く座わりなおして
立ち上がる準備をしなければけないのですが、
お尻をズリズリと前に出すこともできません。
これも手伝って頂きました。
そして立ち上がることになりました。
こんな状態ですから一人で立ち上がるなんてできるわけがありません。
これも抱きかかえられるように手伝って頂いて
つかまりながらようやく立ち上がる事ができました。
4日ぶりに立ち上がったわけです。
そして最後のミッション、その場足踏みはつかまりながらも簡単にできました。

そこからベッドの戻る時もあれこれ手伝っていただいて
最初のリハビリは終わりました。
ベッドから立ち上がって足踏みをして再びベッドに戻る・・・
今までならほんの数秒で出来る事が15分くらいかかりました。
もちろん手術の影響もあるけど、
人間って3日間寝たきりでいるとここまで落ちてしまうものかと思いました。
近い(?)将来こうなってしまうのかなって思いました。
自分の体が自分の力で動かない事を実感した事は
将来の自分にとってすごくいい経験をしたと思います。

2017年11月18日 (土)

入院日記 ~つらかった3日間~

再びベッドごと移動して病室に戻りました。                                                      
この時は目をつぶっていて意識はもうろうとしていましたけど、                                                                                                    
脳の働きはしっかりしていて耳の奥で聞こえる音で周囲の状況を把握していました。

手術って大きな手術になると全身麻酔をかけてします。
もちろん本人自身は何が起こっているかは把握していませんが、
全身麻酔をしていても脳は手術中も起きていて
それなりに疲れる事を聞きました。

部屋に入って酸素マスク、心電モニター、血圧計、
尿カテーテルをつけ、背中には排液ドレーンをつけました。
これは手術による血液や洗浄などに使った生理食塩水を体外に出す役割があります。
そして両足には化繊で出来た弾性ストッキングをはいて
ふくらはぎにはポンプで空気圧をかけたり緩めたりするものをつけました。
間欠的空気圧迫法でフットポンプって看護師は言っていました。
これは血栓が出来るのを防ぐためで
足に血栓(血の塊)が出来ないようにするためです。
血栓が出来ると巡り巡って脳(脳血栓)や心臓(心臓血栓)に入って
血管を塞いでしまう事を防ぐためです。

寝返りなど体を動かしたくなったらナースコールを押して
看護師を呼び、寝返りを手伝ってくれました。

ナースコール
Photo

3日間はベッド上で安静にする事を言われましたが、
今回の入院でこれが一番つらかったのです。
それでも一日目はよかったのですが、2日目に床ずれが出来て
どんな体勢でも背中がものすごく痛くなってしまいました。
痛さを例えるとヒリヒリの最上級格、文章で表現が出来ないくらいでした。
寝返りを打ってもダメ、背中に何かが触るだけでもものすごく痛くなった。
地獄のような時間でした。
看護師は「よければ座薬を入れてもいいですよ。」と言ったものの
こんなに例えようのない地獄のような痛みを感じていても
そこは変な(?)プライドがあってどうしても避けたい自分がいました。

小便は尿カテーテルがあるので問題はありませんが大便が困りました。
しかも日曜日に入院して以来、一度も行っていないのです。
かれこれ3日目になります。
術後、2日目の夜に出そうな感じがしたので
何かそれなりの容器があるらしかったのですが、
結局お出ましにはならなかったので
赤ん坊の時以来、人生2度目のおむつをはきました。
もちろん当時はおむつは布だけだったので
紙おむつは人生で初めての経験です。


食事は術後、翌日のお昼から出ましたが、
寝たきりのままではうまく食べられないのです。
夕食時にタイミング良く奥様が来たときは
スプーンで口まで運んでくれたけど、
一人ではうまく食べられません。
だんだん食欲自体が無くなってしまって、
ついには一食全く食べない事もありました。
それでも食事もリハビリの一つと考えて
ご飯をおにぎりにしてもらって1個と、
軽くおかずを小鉢一杯分くらいを何とか食べました。
食欲はリハビリが始まっていくと自然に増していきました。

2017年11月15日 (水)

入院日記 ~手術~

いよいよ入院当日、天気は台風が接近していて雨rain
でも不思議なくらい気持ちは落ち着いていましたconfident
これから起こる事は初めての経験、未知の世界。
今更ジタバタしたって仕方がないし、まな板のコイって感じかな?
なるべく濡れないように大きめの傘を持ってバス停busで待っていました。
かなり早くバス停についてしまったけど手持ち無沙汰にはになりませんでした。

約20分ほどで病院に到着。
この日は日曜日なので裏の警備員室から入って入院の事を伝えました。
何とこの日は設備点検があって16:00まで電気が使えないとのこと。
もちろん部屋に入ってもテレビや冷蔵庫は使えません。
ヒマつぶしに本を多く持って行ったけど、結局部屋の照明もつかないのでng

しばらく経って部屋に案内されました。
検査入院の時は6人部屋だったけど今回は同じ広さで4人部屋に昇格sign02
6人部屋と違ってかなり幅に余裕がありました。
そして色々と説明を受け、色々な同意書にサインをしました。
翌日に手術のため食事はこの日の夕食まで、
水分は明日の6:00までをきつく言われました。
たぶん全身麻酔をするので手術中に小・大便を垂れ流しにしない事かな?。

そして手術当日。
バスローブみたいな手術着に着替えたり、薬を飲んだり、
手術前に色々とやったけど忘れてしまいましたcoldsweats01

いつ、どのタイミングでやったかは忘れたけど、
左足の付け根で採血をしました。
足の甲でも採血をしたけどこれは看護師がやったのです。
確かかどうか、どこが境目かは分かりませんが、
心臓に近くなると医師でないと採血が出来ない事を聞きました。

本当にたくさんの事をやっていよいよ手術室へdash
部屋のベッドごと移動しました。
その時も看護師さんに


手術中に途中で起きて執刀医に


そこじゃないよsign01もう少し右だよsign03


なんて言っちゃわないかな?



それうけるぅ~~~



なんて冗談をいう余裕さえありました。
手術室入る手前で奥さんと別れて手術室内部に侵入。
手術室はウナギの寝床みたいに細長く、いくつもありました。
ボクが入ったのはNo.10の部屋。
そこで手術台に乗り換えて心電図や血圧は測る器械などを装着しました。
最後に口に酸素マスクを着けられました。
何回か呼吸をして酸素マスクの中に何か霧状のものが入ってきました。
そして


“大きく息をを吸って吐いてください。


と言われて息を大きく吸って吐いている途中に意識を失いました。
いや、麻酔が効いたのです。
そして再び意識を戻して気がついた時は手術は終わっていて
元の自分のベッドに横たわっていました。

2017年11月12日 (日)

入院日記 ~プロローグ②~ 点滴

検査は腰に造影剤を打って、レントゲンを撮って終了しました。
その夜、点滴をするので看護師がよくテレビに出てくるあの点滴セットが
ベットの横に置いてセットをしました。
基本、翌日まで移動は車椅子なので看護師付添わなければならない。
夜中にトイレに行きたくなったのでナースコールをプッシュ。
そしてかけ布団をめくってみたらとんでもない事に気がつきました。
セットしたはずの点滴が外れている。
でも点滴の袋の液体は減っている。
何と体に差し込んだ針のチューブと点滴のチューブが連結されていなかったのです。
点滴の液体は床にダダ流れ状態。
口をあんぐり開けた看護師は
“ちょっと待って下さい”とどこかへ行ってしまった。
まあ、それはそれでいいんだけど、
ボクはトイレに行きたくてナースコールを押したのに
こんな事で放置状態になってしまった。
10分ほどして新しい点滴を持ってきました。
そして床に流れてしまった点滴を拭いたのです。


あの~~ぉ


スミマセン、トイレに行きたいんですけれど・・・



そう、ボクはトイレに行きたくて看護師を呼んだのです。
結局20分ほど遅れてようやくトイレに行って用を済ませました。
こんな状態なので従来なら21:00ころ終わる予定だった点滴が
夜中の1:00頃になると言ったのです。
仕方ないじゃありませんよね。
しぶしぶ了承して夜中に起こされて無事点滴は終わりました。

2017年11月 9日 (木)

入院日記 ~プロローグ①~  筋肉注射

10月上旬に三日間の検査入院を医者から言われました。
この世に生を受けて50数年。
今まで大きな病気はした事がないし、
骨を折った事もないし、入院の経験もありません。
要するに精密に検査して手術をするか、しないかを決めます。

日曜日に入院。
でもこの日は何もする事がありません。
たぶん体を精神的、肉体的に落ち着ける事、休めること、
病院の雰囲気に慣れることだと思います。
血圧や体温を測定したり、点滴の針を打ったり・・・
言ってみれば検査の下準備期間ですね。
まあ、大嫌いな注射は覚悟しましたが、
こんなにもたくさんするんですね。
でもこれは序の口で入院したら注射の嵐で本当に参ってしまった。
その中で一番痛かったのは筋肉注射だった。
なぜ腰が痛いのに腕に、しかも利き腕の右に
打ったかは今でも理解が出来ない。

注射を打つ時に看護師が

この注射は痛いですよぉ~~~

なんて言ったからもう危機感、憎悪感で体が緊張。
注射が嫌いなのは子供のころからずっと。
何が嫌かというとあの“チクン”とした刺激、
痛い針が何食わぬ顔でずっと自分の体の一部として
君臨している嫌悪感。
そして針を抜く時の感覚。
どれをとっても何度やってもこれだけは克服する事が出来ない。

高校生の頃、学校に献血車が来て献血を募った。
嫌いな注射のはずなのにこの日はなぜか
異常なボランティア精神が降臨して
世の中のために一肌脱ごうと決意して車に向かったのです。
この行動が全く裏目に出てしまいました。
横になって腕を差し出したら見た事もない太い針が出てきたのです。
今までの延長線上と思っていたのでびっくり。
これに懲りて嫌いがますます増長してしまった。

閑話休題。
話を元に戻して筋肉注射の針が腕に刺さった。
刺した後筋肉の筋に注射の液体が入っていくのが分かりました。
筋肉の筋に無理やり入ってきて確かに痛い。
ギャーギャー騒ぐほどではないものの多少痛かった。
しばらくして注射は終わりました。
でもこの痛さと違和感は1週間くらい続きました。

2017年11月 8日 (水)

退院しました

昨日の夜にようやく退院しました。
奥様が仕事のため17:30に病室に来て支払いを済ませた後
背中に張るテープの説明を受けて晴れて退院となりました。
TOTAL17日間の入院生活となりました。
もちろん初めての経験でした。
本格入院、翌日手術、リハビリ・・・
何もかも初めての経験で人間の幅が広がりました。

お世話になった看護師にあいさつを済ませて帰路に向かいました。
夕飯を聞いてみると“お寿司を買っておいたよ”と言うので
途中コンビニによってビール(スーパードライ)と
レモンの缶チュウハイを買いました。
昼間さんざん寝ている生活を送ったので夜眠れないと困るし、
今まで何度も夜中に起きて(2,3時間ごと)しまったりして
集中して眠る事が出来なかったので寝酒ですね。

家について臭いがするのがわかりました。
今まで気づかなかった家の臭いです。
決して臭いという事ではありません。
荷物は奥様に持ってもらって真っ先に風呂場に行きました。
まだ湯船につかることはできませんが、
落ち着いて体を洗う事ができました。

そして夕食。
まずはビール。
ごくりと一口飲むとキンキンに冷やしたビールがのどを通り、
胃に入ってくのがわかりました。
真夏に飲むビールもそんな感じがしますが、
また違った感覚のおいしさでした。
今までと違ってゆっくりと、一口一口味を確かめるように噛んで
ごくりと飲み込む。
これ以上の至福の時間は感じた事がないくらいの感覚でした。
その夜は途中で一回だけ目が覚めましたが、
ほぼ熟睡できる事ができました。
17日ぶりの熟睡です。

翌日朝、コンビニにスポーツ新聞を買いに出かけました。
小雨でしたが本当に気持ち良かった。
これを日課の一つにしました。
でもまだ完璧に歩くことはできません。
もちろんジャンプもできません。
歩くには右足と左足の間隔がやや広めに開いて
左右に重心を移動しながら歩いている感じです。
一歩一歩踏ん張りながら歩いている感じ・・・?
昔のロボットの人形が歩く様に似ている感じがします。
昼間は小雨模様だったので近くのショッピングセンターに行って
ウォーキングを兼ねてウィンドウショッピングに。
ボクは目的もなく近所一周したりして歩く事ができないので
これなら天気を気にせず歩くことができます。
ただ、今日術後の翌日にすぐ運転することは多少危ない思い、
追い越し車線を走らず走行車線をゆっくり走って目的地に着きました。

病院から持ち帰ってきた荷物もボチボチ片付けて行きたいと思っています。
一番悪いのは根を詰めたり、頑張ってしまうことと思っています。
時間は十分にあるし、少しやったら休憩、また少しやったら休憩と
体力や疲れと相談しながらやりたいですね。

これからと当分の間入院日記を書き綴って行きたいと思います。
書き留めたB5のノートに13ページほども溜まってしまいました。
まあ、ヒマでヒマで仕方がなかったからね。
どうぞ、お付き合いください。

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