2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月

2017年12月31日 (日)

1月のカレンダー

「2018.1.A3calender.pdf」をダウンロード

2017年12月30日 (土)

入院日記 ~自宅療養~

退院して2週間の自宅療養を命ぜられました。
久しぶりの自宅はいいですね。
玄関に入ったとたん今まで気がつかなかった家の臭いを感じました。
自宅に戻ったのが18時頃でした。
夕食はお寿司。
私の愛する、最後の晩餐にはこれを食べたいと思っているお寿司。
帰る途中この事を奥さんに聞いてコンビニに寄ってもらい、
缶ビールと缶チュウハイを買いました。
一口目のビール・・・
今までに感じた事のない骨身にしみるおいしさ。
夏のおいしさとは全く違って飲んだビールが
血や骨にしみわたっていくのがわかりました。
ゆっくりと、味わって一口一口食べました。

夜はぐっすりと朝まで寝る事ができました。
今まで必ず2,3回は夜中に起きてトイレに行っていたので
手術で膀胱が小さくなってしまったかも?と心配していました。

2週間の自宅療養って結局何もすることが無いのです。
元々前世はカツオかマグロか・・・のSugichan。
じっとしているのが嫌いなボクです。
でもまだまだ体は自由に動きません。
で、考えた揚句、毎朝と夕に散歩を日課としました。
特に朝はコンビニに寄ってスポーツ新聞を買う事を目的としました。
初日、二日目、三日目は一番近くのコンビニに行きましたが、
徐々に遠くに行って最終的には1時間以上かけて散歩しました。
通るコースもわざわざ遠回りしたりして
なるべく同じコースを歩かないようにしました。
ですから普段は通勤で同じ道しか通っていなかったので
今まで気がつかなかった発見を色々しました。
午後は近くの公園の散歩道を歩いたりしました。
紅葉を久しぶりに味わって見ました。

退院して1週間後の火曜日に健診がありました。
手術で切ったところが一部うまく縫合していない事を言われました。
医者が触ったのですが、少しヒリヒリと痛かったですね。
何せ背中ですから自分では確認できません。
しかもようやくあの大嫌いな注射からようやく解放されたのに
再び麻酔の注射を打って縫合するなんて受け入れられませんでした。

何とか先生にお願いして翌週の健診まで
延ばしてもらったけど当然のことながら変化なし・・・
と言う事で3,4か所麻酔の注射を打って
10分くらいかけて縫って頂きました。
そのまた1週間後に健診に行って抜糸をして
入院、手術から始まってこの日の健診で入院、手術、
リハビリ、自宅療養の日課をこなし、
一連の行程はとりあえず終了しました。

色々な事がありました。
いい経験をたくさんさせて頂きました。
特に奥様にはお世話になりました。
嫌な顔一つもせずに自分の仕事もあるのに
ほぼ毎日お見舞いに来てくれたし、
出来る限りの事をしてもらった事は
平易な言葉でしか表現できませんが、
感謝以外の言葉はありません。
入院って一人では出来ない事を知りました。
周囲の人の協力があってこそ、
安心して手術を受けられるし、治療に専念できます。
その気持ちがあるからこそ、早く回復すると思います。
感謝、感謝。

2017年12月27日 (水)

入院日記 ~退院~

術後2週間が過ぎて採血、レントゲン撮影、抜糸をしました。
朝の9時過ぎに医者が来て準備をしました。
主治医ではないのでたぶん手術の執刀医だと思います。
ベッドの上でくるっと回ってうつぶせになります。
そしてパチン、パチンと糸を切る音がして、ハイおしまい。
ほんの10分くらいでした。
午後、採血、レントゲンの結果が異常ナシだったので
晴れて医者のokが出ました

ここまできたらあとは退院の日を決めるだけ。
その日の夕方に嫁さんと打ち合わせをしました。
お金の支払いや荷物を持ってもらわなければならないので
一人では退院できません。
もう2,3日ゆっくりしてもいいんだけど、
なまった体を早く元に戻したいのと、
なんだかんだ言って睡眠不足なので
2週間の自宅療養したい気持ちのほうが勝りました。

退院する前日に一人の男性が入院してきました。
年のころは60歳前後後半から70歳くらいの人。
入った時から“個室は空いていないかsign02”を連発。
この人、今回は検査入院らしく短期間の入院らしいのですが、
手術のため再入院する時は個室を強く希望しています。


ついには
本格入院する時は個室が空いていないと入院しないsign01
空きが出る間でいくらでも待つsign03


とまで言い出しました。
個室の人は比較的長期の入院の人が多くて
なかなか空きが出ないのが現状なんです。
最高級の部屋なら空いているのです。
そこはバス・トイレ、応接セット、キッチンユニット、
TV(無料)が付いて一日なんと15,700円。
手術をするとなるとボクのように最低2週間は
入院するだろうから単純計算で約220,000円。
そこまではさすがに出せないらしい。
ここまでこんな事を言う人は自分本位でわがままで、
人と接する事が苦手だと思います。
入院して、手術をするとボクのようにしばらくは体の自由が利かないので
わがまま言い放題で看護師が苦労するかもしれません。
考え過ぎかな?
こんなおとなになりたくはありません(爆)

2017年12月24日 (日)

入院日記 ~大魔王参上④~ 会話

大魔王の術後三日目。
この夜も大声で叫びました。


お~~い お~~い


呼んでいるのは家族でしょうか?看護師でしょうか?
驚いたことに隣の部屋の女性と部屋越しに話をしているようです。
その部屋の女性も世話の掛かる女性で昼夜問わずに
看護師を呼んで色々と迷惑をかけている女性です。
“おしっこが漏れるよ~~”と言って看護師を呼ぶけど
行ってみると出ない。
ヒマつぶしか、いやがらせかは分かりませんが、
看護師としては迷惑千万な人には間違いありません。
会話が部屋越しなので当然声が大きいです。
この日も結局突然声がしなくなりました。
どこかに強制移動されたと思います。

大魔王が落ち着いたのは手術して1週間くらい過ぎた頃でした。

この人の何がこうさせたかは分かりません。
普段大きないびきをかく事は間違いないと思うのですが、
入院の環境か麻酔か手術かの何かの要因があって
大魔王に変身させたのでしょうか?
それとも普段の生活に何かの要因があって
一気に噴出してしまったのでしょうか?
ちょっと哲学者的な発想になってしまいました。
人間、環境が著しく変わると普段隠れている性格が
一気に噴出する事があります。
とにかく落ち着いた事は同室の人はもちろんのこと、
隣部屋だった僕たちの部屋の人も
安心する事ができました。

2017年12月21日 (木)

入院日記 ~大魔王参上③~ 大暴れ

隣の部屋に移った大魔王。
ボクはようやく十分に眠る事が出来ると安心しました。
しかしその日の夜、消灯の時間(21:00)が過ぎてしばらくすると・・・


お~~~い、



カッター持って来いよ

と野太い声がしました。
しかも何回も、何回も・・・
そう、隣の部屋に移った大魔王の声なのです。
そんな夜中にカッターを使う事はありません。
しかも入院患者はハサミやカッターなどの刃物は持ち込み禁止です。
そこ声は次第に大きくなっていきます。
看護師が駆けつけて


ここはどこですか?


何の目的でここに来ていますか?


と、現実を理解させようとしています。
たぶん、仕事の事を言っていると思います。
現実が理解できず夢か何かとごっちゃごっちゃになっていると思います。
この病院の看護師は夜間は3人体制をとっています。
ですから大魔王一人につきっきりになってしまうことはできません。
特に夜間は突然体調を崩したり、問題児が多くなったり
排泄関係の手伝いなどが多くなってただでさえ忙しいのです。
結局看護師だけでは対処できず家族を呼んだみたいですが、
収まる事が無かったのでベッドごとどこかに強制移動してしまいました。
ある人に聞いたらそんな時の隔離部屋などはないそうです。
たぶんナースステーションに連れていっただろうと言っていました。
隣の部屋に移ったとはいえ結局二晩連続、
迷惑のオンパレード、大暴れですね。

翌朝隣の部屋を見たら家族の姿が早朝からありました。
一人にすると昼間眠ってしまって夜に眠らなくなってしまうので、
昼間なるべく寝かさないで現実を徐々に
本人に理解させる事を目的としたと思います。

2017年12月18日 (月)

入院日記 ~大魔王参上②~ 襲来

今度は80歳を目前にした男性が入院してきました。
会社を定年で退職して駅近くの駐車場に再就職しました。
それも80歳で定年となるのでその前に
今まで痛かったヒザを治す事を決意したそうです。
身長は150cmないくらいで小太りのやさしそうな人でした。


ところが・・・・



夜になるととんでもないいびきの大きさ。
もう一人の男性も今までいびきをかいていましたが、
このいびきで眠れないのか、いびきをかいていないようです。
しかも“クッ”と突然止まって、しばらくして“プ~”と吐きだします。
あの無呼吸症候群でしょうか?
いびきが止まった瞬間、こちらも“クッ”っとなってしまいます。
また時々“アッ”っと奇声のような声を発します。
これでは眠れるわけがありません。

そしてその人が手術を終えた夜。
例のごとくとてもうるさかったのに加えて
横になって安静にしていなければならないのに
勝手に起き上がってしまいます。
その上、意識してか無意識かわかりませんが、
点滴を外してしまうらしいのです。
夜中に何度も看護師が来て対応していました。
本当に看護師って大変な職業ですね。
改めて感心してしまいます。
ボクでは100%務まらない職業です。
当然その日はほとんど眠れなかったですね。
翌朝眠っている本人を見たら
両手には料理の時に使うミトンのようなものがつけられて
その上、体を動かないように縛ったようです。
何回か夜中に看護師が来た時に必ず聞いたのが


ここはどこかわかる?


今日何をしたかわかる?


と聞いていました。
この質問は何度も聞きました。
麻酔をかけると現実を把握する事が出来なくなる事があるそうです。
この二つの質問を完全に理解しないと手袋と
縛っているひもを外す事が出来ないらしいのです。

この男性、隣の部屋で退院した人がいたのでそちらに移りました。
本当に助かりました。
このままずっといたら同室の人は治る病気も治らなくなってしまいます。
しかも窓際に移動するので家族はとても喜んでいました。
看護師としては窓際に移すことによって環境を変え、
外の景色を見せることによって現実を理解させようとしたかもしれません。
しかしこの努力は徒労に終わってしまうのです。

2017年12月15日 (金)

入院日記 ~大魔王参上①~ 前日

入院してマジ卍に困ったことは床ずれと睡眠。
床ずれってこんなに痛いものだとは想像ができませんでした。
もうひとつは睡眠不足。
それは同室の人のいびきによるところが大きいです。
まあ昼寝が出来るのでよかったけど夜眠れないので
昼夜逆転になりそうにもなりました。

検査入院の時は全く気になりませんでした。
6人部屋で5人入っていましたがみんな静かでした。
本格入院してから地獄は始まりました。
4人部屋でしかもボクを含めて3人だったので
二人とも窓側だったのでボクは廊下側のベッドでした。
内心これは天国だ!と思いました。
しかし大きな勘違いでした。
夜になって一人がいびきをかき始めました。
これが治まったかな?と思ったら今度は
もう一人がいびきをかき始めました。

おいおい・・・いびきのデュエットかよdown


でもギリギリ許せる範囲内の大きさだったので
我慢しながらベッドで眠ろうと努力しました。
3、4日ほど過ぎたらボクの隣りの人が退院して晴れて窓際に昇格up
この部屋のNo.2になったのです。
廊下側だと周りがカーテンなので天気や外の様子が全く分かりません。
術後3日間は絶対安静だったので
動けないストレスと相乗効果で気が滅入っていました。
ベッドとロッカーを窓際に看護師さんが移してくれて
本当に生き返ったような気がしました。
これだけで早く治りそうな気がしました。
それと15cmほどしか開かなかったけど
窓を開けてもらうと久しぶりに外気を吸う事ができました。

翌日ボクの隣りに入院した人がいました。
この人は検査入院らしくすぐに退院しました。
この人はいびきもかきましたがどちらかと言うと歯ぎしり派でした。
カエルが泣くような音をコリ、コリ、コリとリズムよく鳴らしていました。
音も大きくないし、リズミカルだったし、この人も許容範囲内でした。

そしてボクの部屋に悪の大魔王が降臨してきました。

2017年12月12日 (火)

入院日記 ~リハビリ⑧~ 最終日

退院を明日に控えて最後のリハビリとなりました。
まずは足のストレッチから。
相変わらず硬い体ですぐに痛がってしまう始末。
ここまできたらイケメン理学療法士もいきなり強くはやりません。

そして館外に出てお散歩タイム。
イケメン理学療法士とは車の話で盛り上がったり、
野球の話なんかで盛り上がったり・・・
仕事柄かもしれませんが、結構打ち解けて話ができました。
今回は結婚の事で盛り上がりました。
彼は25歳で彼女は一つ下の24歳。
ボチボチ結婚を意識するようになったという事です。
詳しい話はngとしますが、
そんな話を聞いて快晴だったこの天気同様、
若い人のさわやかさを感じました。
素直に“若いっていいなsign03”と感じました。
今後の二人の幸せを祈らずにはいられませんでした。

リハビリ室に戻ってきてエアロバイク。
いつもは10分なんだけど今回は15分に設定。

少しきついかもしれませんが、
疲れたり、体に異常を感じたら無理をしないでください。

と言われました。
そんな事を言われると反抗骨が強いSugichan。
根をあげてたまるか・・・
エアロバイクって耳に洗濯ばさみのようなものをつけて漕ぎます。
それは脈拍を測っていて120以上にならないように
自動に負荷が変わります。
脈拍が120が一番効率がいいのです。
確かに10分までは楽だったのですが、
段々大変になってきました。
次第に汗が噴き出してきて額はびっしょり。
じきにパジャマまで濡れてきてしまいました。
ボクはかなりの汗っかきなんです。
終わった時はリハビリとは思えないほど
床に汗が落ちていたり、全身汗びっしょりだったのです。
そのままイケメン理学療法士に終わったことを報告しに行きました。
彼は相当びっくりしていましたね。
一緒に話をしていた他の理学療法士がタオルを持ってきてくれました。
汗を拭いてリハビリはおしまいです。
きちんと挨拶をして部屋を出ました。
自分のベッドに戻ってパジャマを脱いで汗を拭きました。
なんて気持ちがいいんだろう・・・
久々に運動をして、汗をかいて、体を拭く。
充実感でいっぱいになりました。
やっぱりボクは運動をしていないとダメなのかな?

2017年12月 9日 (土)

入院日記 ~リハビリ⑦~ 順調

この日は最初に2畳ほどの広さがある椅子(ベッド?)に
立つ事を言われました。
今まではベッドを電動で上半身を起してから
立ちあがっていたので楽だったのですが
平らな所に寝転んでから立ち上がる事は初めてです。
もちろん周囲には手すりなどはないから自力で立たなければなりません。
まずは犬のように四つん這いになりました。
慎重に足を曲げていってしゃがんだ状態になります。
そしていよいよ立ち上がる。
やっぱり平衡感覚がまだまだ元に戻っていない証拠です。
当然足元がベッド状ですから板みたいに硬くはなく、
スポンジでクッションになっているので足元がフラフラしておぼつかない。
立ちあがったら今度は座る。
しゃがんで片方の手をついて座る・・・これは比較的楽にできました。
これをもう一度やりました。
もちろん二度目は最初よりスムーズにできました。

次に外出。
この病院は山の中腹にあって色々と地面が起伏に富んでいる。
今度は正面玄関からではなく、裏から出て40段くらいある階段を上ります。
階段ですから足を確実にあげなければいけません。
なかなか足を上げるのが大変でした。
はじめは手すりにつかまっていたけど徐々につかまる力が緩んできました。
そしたら今度は下り坂。
なんか夢遊病者みたいにフラフラと下っていきました。
足元が地面についていないような、宇宙遊泳をしているような
自分の意志ではなく勝手に足が出ているようなそんな感じでした。
上り坂よりも下り坂のほうが転ぶ確率が高いので危険です。
そんな状態ですから足がもつれないように慎重に歩きました。
もちろん、イケメン理学療法士が後ろに控えてくれました。
そしてお決まりのエアロバイク。
この日はこれで終了。

おまけ
この病院のリハビリ課長(部長?)は奥様の
高校時代の同級生だったのです。
偶然とは恐ろしいものでボクのお見舞いに来た奥様が
高校の同級生にばったり会ったのです。
しかもボクと同じ病気で入院・手術したそうです。
奥様の二人でご挨拶に行きました。
まあ仕方のない事ですが、奥様はリハビリ課長に
クン付けで呼んでいたので一部の患者さんがこちらを見ました。

2017年12月 6日 (水)

入院日記 ~リハビリ⑥~ 外出

この日はストレッチからスタート。
元来体が鋼のように硬いSugichan。
ストレッチをやっている時は結構痛かったですね。
次に両足首に1kgのウェートをつけて仰向けに寝て
ヒザを曲げずに足を上げ下げする運動をしました。
左右10回づつ1セットを3回、計60回の指令を受けました。
何、簡単じゃんと思っていたら回数を重ねていくと結構きついのです。
その次に前回やったウェートをつけての運動をクリア。

次は歩行訓練。
また病院内を歩くかと思ったら館外に出て外を歩くと言われました。
入院して11日、外気は15cmほどしか開かない窓から
入ってくる風しか吸った事がありません。
太陽光は窓越しにしか当たった事がありません。
正面玄関から外に出ました。
この日は台風一過で気持ちいい快晴で歩行訓練日和(爆)
空気、風、気温、太陽、空・雲の色・・・本当に気持ち良かった。
今まで酸欠の金魚状態だったので生き返った気持ちです。
でも病院内を歩くのと違って段差があったり、
道がデコボコしていたり、坂があります。
ですからほぼ下を向いて歩いていましたね。
段差の前では一旦立ち止まって気をつけながら段差を越えます。
コルセットをしていて受け身をうまくとれないので
転んでしまう事は一番怖い事なのです。
イケメン理学療法士が万が一の倒れた時のために
後ろに影武者のように控えていたので
安心して歩く事ができました。


おまけ
ヒマつぶしに色々なグッズを持って行きました。
雑誌はもちろんですが、消灯後に枕元の電気をつける訳にもいかないので
携帯ラジオを持って行きました。
家電量販店で1000円ちょっとだったと思います。
ところがここの病院ではFMしか入らず、AMが入らなかったのです。
つまりNHK第1、第2、SBSは砂嵐の音だけ。
何度かトライしてみましたが、全くダメでした。
仕方がないのでFMをひたすら聞いていました。
役に立ったヒマつぶしグッズは後ほどアップします。

2017年12月 3日 (日)

入院日記 ~リハビリ⑤~ 一人歩き

この日のリハビリはエアロバイクでペダルをこぐことでした。
何回かジムに通った事があるので扱いは慣れています。
でも困った事がありました。
ペダルをこいでいるうちに異常にムキになってしまうことでした。
負荷をかなり掛けてしまうので他人より息づかいが荒く、
ポタポタと汗が滴り落ち、Tシャツがびっしょりになっていました。
今回も最初は軽かったので徐々に負荷をかけていきます。
ここで気がつきました。
今回は体を鍛えるのが目的ではなく、
あくまでもリハビリと言う事に気がつきました。
がまん、我慢、自重してペダルをこぎました。

そして待ちに待った事になりました。
補助器具なしでリハビリステーションの中を歩くことになったのです。
入院から8日目、ようやく何も補助器具なしで
歩く事が出来るまで回復したという事です。。
感動の一歩目・・・やっとここまで来たという実感をひしひしと感じました。
二歩目、三歩目と順調に足が出ます。
でもふと気がついた事がありました。
確かに一歩、二歩と歩いていますが、
歩いている感覚が今までと違う事に気がつきました。
足を前に出していると言うより
左右に重心を移動しながら片足をコンパス代わりに軸足をとって
体をひねるような感じで、もう片方の足を出すって感じですね。
昔でいうヤジロベーみたいな感じです。
要するに前に膝をを前に出して足を出して歩いてはいないのです。
それでも補助器具なしで自分の足だけで歩くことが出来たのは
自分自身にとってすごく画期的な事なのです。
万が一のために理学療法士が後ろで控えています。
順調に足が進みました。
まるで赤ん坊が初めて歩いた感動をこの年になって再び味わっているようです。
順調にリハビリ・ステーションの中を歩くことができたので
今度は病院の中を1周歩くことになりました。
今度は一般の患者さんがいるのでただ真っすぐに歩くわけにはいけません。
人をよけたり譲ったりして歩かなければいけません。
この後ずっとそうですが、歩くことにとって転ぶ事が一番心配の種なんです。
足元がしっかりしていない、足が十分に上がっていない
転んだらまともに受け身が取れない・・・
転んだら腰に強烈なダメージを与えるかもしれません。
今のボクはコルセットをしているので
体が自由に動かないから受け身も十分に取れないのです。
病院内をぐるりと一周、3,400mくらい歩いたでしょうか?
この日は感動の余韻でリハビリは終わりました。
そう、大きなひとつの段階を越える事が出来たのです。

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »