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音楽

2013年2月 6日 (水)

ボイスパーカッション スリラー

私の人生で影響を受けた洋楽のアーチストといえばビートルズです。
当時はビートルズ派とストーンズ派に別れましたが、
私はストーンズにはほとんど興味がありませんでした。

メンバーの名前は知っていますが、
曲はサティスファクションと悲しみのアンジーとジャンピン ジャック フラッシュくらいかな?



個人では何と言っても“King of Pop”
マイケル・ジャクソンですね。
その中でも“スリラー”が最高傑作と思っています。
そのスリラーをアカペラでしかも独りで多重録音を駆使して
録音した京大生がいます。

京都大学の学生が、楽器を使わずたったひとりで、
歌はもちろんギターやドラムの音もボイスパーカッションで再現。
ハーモニーもリズムも完璧で、ネット上でも大きな話題になっているんです。
日テレ系で放送されているZIPで紹介されました。


【ZIPのHPより】

1980年代を代表する大ヒット曲「スリラー」。
その名曲を京都大学の学生が、楽器を使わずたったひとりで、
歌はもちろんギターやドラムの音など全14パートをボイスパーカッションで再現。
ハーモニーもリズムも完璧で、ネット上でも大きな話題になっているんです。
その動画を作ったのは韓国人のヨウ・インヒョクさん。
出身は韓国のソウルですが、日本には8年以上暮らし、日本語も堪能。
大学では経済学を学んでいますが、歌うことが大好きで、
歌手になってグラミー賞を取るのが夢だとか


完璧なコピーとは言えませんが、クオリティーはかなり高いものです。
これを作るのに3時間しかかからなかったとかsign02
一見の価値はありますね。

http://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0122/kot_130122_6092947984.html

2009年9月19日 (土)

天国への階段

車を運転している時に私はラジオをよく聞いています。rvcar
その時はFMを聞いていました。
そうしたらラジオからアコースティックな曲が流れてきました。notes
すぐに曲名がわかりました。note

レッドツェッペリンの天国への階段でした。
一瞬にして私の頭の中は高校生時代に逆戻りしてしまいました。recycle
車を運転中なのに・・・

あの切ないほどのアコースティックなイントロ。
次第にアップテンポになっていき、upwardright
最後には正統派ロックらしい力強い曲調になって
最後に一瞬で曲調が突然切なく終わる、まさにロックバラードの傑作でしょう。

うれしいことに6,7分くらいのこの曲を途中カットせずに
全部流してくれました。
ついでに目もウルウルしてきてしまいました。

ロバート・プラント(V)、ジミー・ペイジ(G)、ジョン・ボーナム(Dr)、
ジョン・ポール・ジョーンズ(Key,B)の4人のグループでした。
この曲はレッド・ツェッペリンⅣ(フォー・シンボルズ)の中の一曲です。

1971年8月発売

このアルバムには他にロックン・ロールなどが収められていて
ツェッペリンの最高傑作のアルバムといっても過言ではないでしょう。full

メンバーのジョン・ボーナムの事故死によって
グループは惜しくも解散してしまいました。crying

ジミー・ペイジは当時エリック・クラプトン、ジェフ・ベックとともに
3大ギタリストとして名を馳せました。
当時流行りだったWネック・ギターのプレイヤーとしても有名でした。

同じような展開をする曲にクィーンのボヘミアン・ラプソディーがありますね。
この曲も好きな曲の一つですね。
こんな展開の壮大な曲が私は大好きですね。

ふと思ったのですが、この天国への階段のイントロと
イーグルスのホテル・カリフォルニアのイントロの出だしのほんの一瞬が
ちょっと似ていると思いません?

気のせいかな?

2009年5月 6日 (水)

パンクロックの先駆者

忌野清志郎がガンでこの世を去りました。
享年58歳。若すぎる死でした。

RCサクセションでデビュー。
確かバンド名の由来は“ある日サクセスしよう”がバンド名の由来のような気がしました。

当時はまだアコースティックギター中心の
どちらかと言えばフォークグループだった気がしました。
その後、“さなえちゃん”のヒット曲で有名な古井戸のメンバーだった
仲井戸麗市がメンバーに加わりました。
これをきっかけにフォークグループからロックグループに変わった気がします。
そして“雨上がりの夜空に”“トランジスタラジオ”などのヒット曲を世に出しました。

彼は時代の先駆者で男性なのに化粧をしたり、
ど派手な衣装を身につけたりして。
日本のパンクロックの先駆者と言っていいでしょう。
それとしゃがれた声が特徴で、
さながらロック界の森進一といったところでしょうか?

みんなの前に道はない。
彼の前にも誰も歩いたことがない荒野しかない。
でも彼は荒野を一人で歩いて行った。
そして彼が通った後には道が出来ていた。
その道をみんなが通って行った。
常に時代の最先端を走っていた。
そんな気がします。

常に時代を先回りしていて坂本龍一とのユニットで
“い・け・な・いルージュマジック”を発表したり、

化粧品会社のCMで男同士がキスをする刺激的なものでした。

細野晴臣、坂本冬美とのHISというユニットを結成したり、
“パパの歌”を発表したりジャンルは多岐にわたりました。
過激な行動でも有名だし、レコードが発売禁止になったりしたこともありました。
“愛し合ってるか~い”は彼が残した名セリフです。

でも素顔の彼はそんなところはありませんでした。
自転車が大好きでかなりのところまで自転車で行っていたと思います。

そんな彼がガンを発表したのはショックでした。
そして5月2日多くの作品を残した彼は
遠い、遠いところへ旅立ってしまいました。
何も言うことはありません。
ただ、ただ悲しいの一言です。

合掌。


PS
文中敬称は略させて頂きました。